引き際の美しさを考える

スポーツ選手には引退があるが
何歳まで、という明確な規定はなく

試合の結果はどうであれ
際限なくやろうと思えば
いつまででもできる

そして最後
辞め時は自分で決める


かたや
普通のサラリーマン人生では
定年がある

成果も出せるし
まだやれる、と
本人や他人が思っていても

決められた年齢がくれば
会社を辞めざるを得ない


サラリーマンのように
何かしらの基準があれば
そんなに意味をなさない引き際だが

定年のない職業の場合
その引き際に
人となりが現れるな、と思う

社長や国会議員
芸能人やスポーツ選手
士業と呼ばれる職業など

年齢が上がれば上がるほど
あれこれ指摘してくる人もいなくなり
居心地が良くなることもあるだろう

周りの人たちに
鬱陶しがられていても
知ってか知らずか
ずっと居座る人たち

自分の人生なんだから
好きにすれば良いのですが

側から見ていると
もっと綺麗に去れば良いのにな
と、苦々しく思うことがある

自分でもまだやれる
と思いながら
他人からもまだやれる
と思われながら

それぐらい余力を残して去るのが
美しいのではないかと考える

重ねた年齢がゆえに
自分でもがっかりする出来事や
他人からもがっかりされる出来事が
起こってから去るのでは
後味が悪いと思うから

老害は
なかなか自分では気づきにくい

あなたは
引き際についてどう考えますか?